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中国人はなぜ爆竹をやるの?いつから?

      2018/01/23

春節(旧正月)やお祝い事には欠かせない中国の爆竹。
近年は大気汚染などが問題になっていますね。

では、中国の爆竹は、いつから、なぜ使われるようになったのでしょうか。

ブログでまとめてみました。

 

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爆竹とは

爆竹とは本来、文字どおり、竹を火の中に入れて爆発させるものです。

中国では、旧正月(春節)に爆竹を鳴らし、新しい一年を迎えるのが伝統的なイベントです。

 

その伝統がだんだん習慣になって現代まで続いています。

いまの中国では、爆竹は正月だけでなく、慶事・祝日でも使われます。
それは、新しいものを迎え、喜びを表現する一つの手段になっています。

 

【爆竹の中国語】鞭炮bianpao

 

 

爆竹の変遷

中国で爆竹を鳴らすことは、もはや伝統文化の一つで、二千年以上の歴史があります。

 

この爆竹は、いつころから、どのようにして生まれたのでしょうか。

 

「荆楚歳時記(けいそさいじき)」(西暦500年中頃の成立、全37巻)には、旧正月1月1日の朝に庭で竹を焼きその激しい破裂音で悪鬼を退散したことが記載されています。

⇒ 荊楚歳時記(Wikipedia)

 

 

爆竿(bao gan)

竹を破裂させる習俗は以後長く続き、唐の時代になると、爆竹は
「爆竿bao gan」
と呼ばれています。

これは、長い竹竿を少しずつ火の中に入れていき、連続して爆裂音を発生させるものです。

 

唐詩「早春」の中で、竹竿を燃やす当時の場面が描写されています。

 

 

炮仗(pao zhang)

唐の時代に、大きな発明がありました。

 

長生きを求める煉丹術師たちが、不老長寿薬を研究するうちに、硝石と硫黄、木炭などを混ぜると爆発しやすい物質になることを偶然発見したのです。

⇒ 錬丹術(Wikipedia)

 

その後、火薬は中国の四大発明の一つと言われるようになりました。

⇒ 古代中国の四大発明(Wikipedia)

 

 

唐朝の初め、疫病が流行しました。

 

その時、李田という人が火薬を短い竹の筒に詰めて点火したところ、爆発音が一層大きくなり、大量の煙が発生。

やがて、山と川の瘴気を消散させ、疫病の進行を阻止したそうです。

 

 

そして、北宋以後、漢族が紙で火薬を巻き、単発と連発を作りました。

このとき、「爆竿」が「炮仗」になったのです。

この「炮仗」が、現在の爆竹のオリジナルです。

 

 

鞭炮(bian pao)

火薬が発明される前、「鞭bian」はありましたが、「炮pao」はありませんでした。

そして、火薬で作った「火薬爆竹」の音が、鞭で叩く音と似ていたので、「鞭炮」という呼び方になったのです。

 

現在、中国各地で爆竹の呼び方(中国語)はいろいろあります。

 

例えば、広東省では
「炮仗」「纸炮」
と呼ぶこともあります。

 

しかし、一般的には
「鞭炮(bian pao)」
と呼んでいる人が多いようです。

 

 

爆竹の伝説

爆竹の由来に、面白い伝説があります。

遥かな昔、「年」という名の猛獣が山奥に住んでいたそうです。
顔は恐ろしく、性格が凶暴な年は何でも食べます。

 

人々は年の恐怖に支配され、年の名前を出すだけで顔色が変わってしまいます。

 

時が流れ、人々はだんだん年の食習慣を理解してきました。

年は三百六十五日(一年)おきに、村で暴れながら人を喰い、しかも夜だけ出没し朝一で山奥に戻ります。

 

その日の夜は「年関」と呼ばれています。

年関を無事に越えるため、様々な方法を試しました。

 

大晦日の夜、村の人々は早めに夕食を作って食べ、明かりを消して、ドアをしっかり締めます。

その日の吉凶はどうなるか誰にも分からないため、最後の晩御飯になるかもしれません。

なので、豪華な晩御飯になります。

 

家族全員を集め、ご飯を食べる前にはまず先祖の霊を弔い、無事に年関を越せるように祈ります。

もし年関を無事に越えたら、先祖の守りに感謝し、近所を回りながらお互いに祝ったりするのです。

 

このように何年も無事に過ごすと、年に対する警戒を怠るようになります。

 

とある大晦日の夜、年が突然村に飛び込んで来たため、村人ほぼ全員が食べられてしまいました。

 

しかし、ある一軒の家だけは、無事で災難を免れたのです。

 

なぜか?

 

そこには、赤い服を着た新婚夫婦や、竹を燃やして遊んでいる子供がいました。

 

このことで
(年は紅色や光や破裂音に弱いのではないか)
と皆が考えました。

 

そして、毎年の年末には赤い春聯を貼り付け、赤いちょうちんを掛け、爆竹を鳴らすようになっていきました。

 

これが、現在中国で一番大事な伝統的イベントになったのです。

 

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爆竹と文学作品

爆竹が中国の文学作品に登場しています。

 

元旦

  • 元旦
  • 作者:王安石(北宋)

爆竹声中一岁除,春风送暖入屠苏。
千门万户曈曈日,总把新桃换旧符。

 

【日本語訳】
爆竹の爆音とともに過去の一年が過ぎ、春の風が薫ってきます。
人々が集まってお屠蘇を楽しみながら、歌ったり踊ったりしています。
朝日の光を浴びて、新しい「桃符」に取り替えます。

桃符:
昔の春聯、年越しの前に玄関の左右に貼り付ける一対の長い紙。
それぞれ美しい字でめでたい言葉が書かれています

 

 

早春

  • 早春
  • 作者:来鹄(唐朝)

新历才将半纸开,小庭犹聚爆竿灰。
偏憎杨柳难钤辖,又惹东风意绪来。

 

【日本語訳】
新しい一年が来て、庭で竹ざおを燃やし灰が残った。
柳の糸が春風に舞い上がり、人の心が乱れた。

 

 

中国で爆竹が禁止されつつある

正月に爆竹を鳴らすことは中国の風俗として長い歴史を持っています。

 

爆竹は賑やかな雰囲気で楽しさを与えますが、面倒も引き起こします。

例えば、爆竹によって火災が発生したり人が死んだり。

また、空気が汚染される問題で、大都市や中都市では爆竹の使用が禁止され始めました。

 

爆竹の代替品として、様々な物を試しましたがダメでした。

  • 赤い提灯:音がない。
  • 赤い風船:膨らませて針などで刺して割ったが、光がない。

 

いくつかの商店は、爆竹の録音テープを流しましたが、音だけでは雰囲気が出ません。

「爆竹を鳴らせない年越しなんて、塩を入れていない食事のようなもので味わいが足りない」
と言う人もいます。

中国人の爆竹に対する強い想いに感嘆してしまいますね。

 

しかし、爆竹がもたらした火災や重度の大気汚染。

伝統習俗の弊害が問題視され、爆竹の是非を問う声も大きくなっています。

「爆竹や花火についてもう一度見直すべきだ」
という指摘もあります。

 

1993年ごろに爆竹が一度禁止されました。

しかし、2007年ごろに解禁。
禁止による反発も大きかったそうです。

 

禁止前には「過渡期」があったということです。
「過渡期」には爆竹の規模や実施場所などについて、政府が規定していました。

 

そして、地域ごとに禁止と全面解禁を経ています。

大きな火災や事故が発生するようになった今の爆竹事情について
「政府や市民は、再度、爆竹の量や場所の制限する法整備の可能性について考え直すべきではないか」
と訴える声も次々と出てきました。

 

現在は法規の修正により、政府は爆竹や花火の安全管理を強化すると同時に爆竹の規模や実施場所、品種、規格、販売制度など細かく規定しています。

ただ、中国はとても広いので地域差があります。

 

以上、中国の爆竹に関するブログ記事でした。
今後どうなるのか、観察していきたいと思います。

 

関連:【インタビュー】中国人が見た日本の姿

 

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